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通称「ラーザの信奉者」の小像  AO 15704  リシェリューホール3展示1
 

このブロンズの小像は、祈りの姿勢でひざまずいた人物を表しています。両手と顔は金メッキされています。台石には片方に動物の彫刻、もう一方には楔形文字の碑文がほどこされています。前方には、献酒の受け皿として用いられたに違いない小さな水盤があります。この崇拝者は疑いなくハムラビ王です。彼は神の前で地にひざまずき、手を口の前にもっていった状態で表されています。

 
 

ヨブは、恐らくこの行為をほのめかしているのでしょう。彼は崇拝の行為をするほどまでに心を魅了する、太陽や月のような崇拝の対象に身をゆだねることの危険性について語っています。

「もし、わたしの手がわたしの手に口づけしたなら、わたしは上なるまことの神を否んだことになるからだ。」(ヨブ31:27,28)ホセア13:2と列王第一19:18もまた、偶像に口づけするという人々の行為に言及しています。

そのようなわけで、神はエリヤに「すべてそのひざがバアルにかがまなかった者、皆その口がそれに口づけしなかった者」7千人を免れさせたと言われました。ヘブライ人には、祈りのための特別な姿勢はありませんでした。

用いられたすべての姿勢は非常にうやうやしいものでした。しばしば膝を付いて立ち、天に向かって両手のたなごころを伸べることがありました。-列王第一8:22 もし、神に対して「右の手を挙げる」なら、それはアッシロ・バビロニア世界の祈りの姿勢であることに注目しなければならず、この聖書の風習は誓いに関連しています

ヨブは、恐らくこの行為をほのめかしているのでしょう

神はご自身がこの身振りを象徴的に行ったように語っておられる部分も見られます。(イザヤ62:8)ソロモンは、神殿の奉納式で民について祈った際、ひざをついて身をかがめました。(列王第一8:54) イエス・キリストご自身は、「ひざをかがめて祈られ」ました。(ルカ22:41) クリスチャン・ギリシャ語聖書には、顔の表情、または見せかけの信仰心や偽りの崇敬を表す他の関連する態度を支持する表現はどこにもありません。手のひらや、手を合わせるといった姿勢を全く命じていません。無言で祈ることができます。イエスは見せびらかしのために長い祈りをする人々をとがめられました。― ルカ20:47
 

最後にバビロニアの国では、崇拝行為の延長として、信者たちが彼らの肖像として、しばしば笑みを浮かべた小像を長いすの上に置いたことに注目しなければなりません。「小立像、今日のカトリックの崇拝における大ろうそくは、事実上信者の代替物であった。」  アンドレ・パルロット。詩編作者がイスラエルの兄弟たちにかけたこの励ましの言葉は、非常に適切です。「入って行き、崇拝をささげ、身をかがめよう。わたしたちの造り主YHWHのみ前にひざまずこう。」-詩編95:6

 

シャマシュ神への献酒の場面  Sb 7  リシェリューホール3
 

一人の君主が、それと分かる幾段もの角の冠をかぶって座している神の前で、祭壇に献酒を行っています。神は、権威と義の象徴である輪とバトン(杖)を持っています。放射状の円盤が場面を見下ろしています。これらの象徴は多くの場合、シャマシュ、太陽神と関係しているだけでなく、その義とも関係しています。聖書の象徴表現は同様です。ユダは、たいへん私的で大切な彼の印章つきの輪と、彼の手にある杖を、タマルに保証の品として与えました。(創世記38:18)モーセの杖は、彼の権威の象徴でした。(出エジプト記14章)。ヤコブは死の床で祝福し、ユダに「司令者の杖はその足から離れず、シロが来るときにまで及ぶ」と述べました(創世記49:10)。この詳細は、将来の広範な権威の手がかりです。

「あなたの力の杖を、YHWHはシオンから送り出してこう言われます。『あなたの敵のただ中で従えてゆけ。』」(詩編110:1,2)使徒パウロは、これらの聖句を神の代理人であるイエス・キリストに適用しました。(ヘブライ10:12,13)この「王の王」は、義と鉄の杖を持って戦うと啓示19章15節は述べています。流刑から戻ったユダの長、セシバセルの名のヘブライ語形は、バビロンで「シャマシュよ、父を守りたまえ。」を意味します。彼は、ゼルバベルと同一と見なされています。ーエズラ1:8 脚注

    Sb 7         La tentation du Christ SCHEFFER     MI 285  Sully 2è salle 63
 

 

聖書中で太陽は、非人格的な力であるゆえに決して神格化されておらず、地を照らし、暦を定めるための大きな天体として神によって造られたものです。ユダ王国での太陽崇拝の存在は、預言者エゼキエルによって伝えられています。「東に、太陽に身をかがめていた。」(エゼキエル8:16)。この背教の振る舞いは、幾年も前にヨシア王が、太陽崇拝を廃したにもかかわらず(列王第二23:5)、律法(申命記4:19)に、また詩編作者の言葉に逆らって行われました。「YHWHは太陽、また盾であり、恵みと栄光をお与えになるからです。」-詩編84:11 。

 

Panneau du Christ et de l’abbé
Ména
    E 11565 Denon Entresol salle C

 

太陽、生命そして豊かさの源は、大多数の文化で畏敬されてきました。月の化身、エジプトの神レ、彼はギリシャにおけるヘリオスさらにアポロンです。ペルシャの太陽神、ミトラの崇拝は、クリスマスの祝いの起源です。

この太陽の異教の崇拝の影響は、キリスト教のイコンの頭の周囲にある円形の後光、光の輪の存在も説明しています。

 

     

ハムラビ法典  Sb 8  リシェリューホール3    モーセの律法の「祖型」?
 

黒玄武岩に刻まれたこの石碑は、バビロンの王ハムラビにより、その晩年の西暦前18世紀に建てられたものです。裁判の判例にかかわる格言の文集で、とりわけ政治的遺作であり、彼の知恵と公正の模範をここに示す、君主の栄光の記念碑です。アッカド語で作成され、枠ごとに分類され、プロローグとエピローグを含む282条で成っています。石碑の頂点には、王が太陽神シャマシュ(彼の両肩から噴き出る炎から識別できる)の前で、崇敬の恒例の身ぶりである口の前に手を上げた場面が刻まれています。この公正の神は、節度と公正、権威の象徴である輪と杖を君主に差し出しています。

     

 

モーセの律法の「祖型」?多くの人は、モーセが一世紀半後にイスラエルの律法を書いた際にハムラビ法典を盗作したのではないかと考えています。

実際「目には目」の同害刑法のような幾つかの規定は、モーセが述べた原則と似通っています。

しかし、生来の善悪の感覚のような君主の優れた良心と、国に真実と公正な秩序をもたらすために義の行使の条約を表明するに至ったことに驚くべきでしょうか?(ローマ2:14)

しかしながらモーセの律法には、霊的な側面と優れた宗教上の観点が存在します。

十戒はイスラエルの神の崇拝を目立たせているのに対し、ハムラビ法典はとりわけ非信徒に向けられており、王を称賛し政治的関心に用いられるにとどまっています。

「律法は聖にして義にかない、良いもの」(ローマ7:12)であるので、ユダヤ人の生活に強力な影響を及ぼしました。

律法は彼らの崇拝を統制し、国民の経済的安定を助長し個人の権利を保護した週ごと、年ごとの安息日やヨベルの休息をもうけました。

   

ハムラビ法典 - モーセの律法の「祖型」?

   

3番目のおきて:「安息日を覚えてそれを神聖なものとするように」(出エジプト記20:8-10)人類の歴史の中で新しく特異なものであり、斬新な改革である:

男性、女性、動物のための週ごとの休息。男性と女性の権利の最初の草案が10の言葉の中にあるのではないか?

確かに十戒は殺人を禁じているが、律法の他の箇所は、故意の殺人と不慮の殺人の間に違いを設けています。驚くべきことに、ハムラビ法典は故意の殺人について語っておらず、予定された刑罰に関して漠然としています。

妊娠した女性が殴られた結果流産したなら、懲罰、死刑、お金を支払うなど攻撃者の社会的な地位によって様々でした。(法典209,214)。

ハムラビ法典はまた、連帯責任による罰も定めていました。そのようなわけで条項の一つにこう書かれています。「もし、石工がその家の主人の子供を殺したなら、石工の子供が殺されるであろう。

」しかしモーセの律法は反対のことを述べています。

「父は子供のゆえに死に処されるべきではなく、子供もまた父のゆえに死に処されるべきではない。」
(申命記24:16)

 

               

 

モーセ ML 22

 

 
     
 

それぞれの条箇は「人が〰した場合」というように条件付の決疑論の形で始まります。モーセの律法はこう述べています。「もし、致命的な事故に至ったならば、魂には魂」(出エジプト記21:13)この箇所の注意深い研究によれば、いくつかの翻訳で「傷」と訳されているヘブライ語は正しくは「命にかかわる事故」を意味し、その傷害を母親だけに限定せずそれに赤子が含まれています。生まれる前、子供は細胞の塊なのかそれとも1人の患者なのか。フランスの法体系はまだ胎児の人間としての社会的地位を認めていませんが、神の目に人間の命は、その成長の初期の間であっても貴重です。 - 詩編139:16

ハムラビ法典は明確で限定された場合しか言及していないので、前例を提供しながらもしくは以前の決定を修正しながら、裁判官が紛争を解決するのを助けるための「裁判上のガイドブック」のようです。ですから、原則や律法を確立しようとしていません。十戒は本質的で、議論の余地のない点は定言的で絶対的であり、禁止令や命令はとても簡潔で、それら自体完全で説明の必要がありません。

最後に十戒の最後の言葉に注目しましょう。「あなたは欲してはならない。」この言葉は律法の歴史の中でも得意な存在です。それは犯罪の奥底にある原因に触れていますが、その戒律を守ることはとりわけその人自身にかかっています。そもそも法典は復讐の精神を反映していますが、律法は「あなたは心の中で自分の兄弟を憎むべきではない。あなたの隣人を自分自身のように愛さねばならない」(レビ19:17,18)と述べています。この神の律法は、クリスチャンの考えを決して条件付けることがありません。 そしてクリスチャンにとって「聖書全体(モーセに与えられた律法を含む)は神の霊感を受けた(ギリシャ語:テオプネウストス、神が息を吹き込んだ)もので、教え、戒め、物事を正し(字義:きちんとまっすぐにし)、義にそって訓育するのに有益です。」-テモテ第二3:16
 

モーセ ML 22
 

ミッシェル・アンジュの彫像のこのミニチュアは、頭から角が突き出ており、座った状態で表されています。ラテン語の聖書ウルガタ訳によれば、モーセはシナイ山で神の律法を受けたとき、その顔に「角があり」ました。(出エジプト記34:29)これらの角は事実、翻訳上の誤りに起因する、芸術的に珍奇なものではありません。(トンプソン聖書 脚注o)ヘブライ語のこの語は、光を放つという意味もあります。この語は実際の角というよりも、一本もしくは複数の角の形をしたものを指します。パウロは「モーセの顔の栄光」について語って、この理解が正確であるという確証を与えています。 コリント第二3:7

 

 

ラーサの王たちの王朝の一覧 AO 7025   リシェリューホール3 展示  5a (1)
 

これは、最期の3000年にラーサを支配したアモール王朝の王たちの年代順の一覧です。この角柱は、支配の交替という注目に値する出来事を神殿で刻み込んだ、書記たちの配慮を明らかにしています。年表を復元するための最も重要な文献と見なされていますが、歴史的な文書には多くの神話的な部分があります。しかしながら、それらは他よりも数が少なく、宗教的もしくは商業的です。「シュメール王国の一覧」という名で知られるこの文書は、統治期間がそれぞれ数千年に及ぶ伝説の王の系列を挙げる前に、「王権は天から下る」と述べています。
 

一方聖書は、人間の起源から西暦前5世紀の総督ネヘミヤの時代まで、特筆すべき継続性と一貫性とをもって伝えています。詳細な年代記を並べたイスラエルとユダの王たちの編年史家たちは、厳正な信頼できる年代記に基づいて提供しながら、明確で公正かつ調和のとれた記述を生み出しました。それぞれの統治の期間を示すだけでなく、他の王国との同時性を立証するよう努めています。神は時の支配者です。使徒1:7は「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期」、継続期間(クロノス)、期間(カイロス)、幾つかの出来事によって特色づけられた時について述べています。歴史家たちの執筆を可能にした神の霊感は、聖書の年代記の真実性の確実な保証です。-ペテロ第二1:19-21

女神イシュタルの壺

女神イシュタルの壺  AO 17000

リシェリューホール3   展示 5b(4)


 

この大きな礼拝の壺は、イシュタルの像で飾られています。彼女は豊かさの象徴表現である鳥、魚、雄牛、亀に取り囲まれて描かれています。

神の象徴である角の冠をかぶり、一対の羽を持ち、彼女を表わす金星が印されています。

腕を広げ、裸体をさらけ出しています。


シュメール人にとって、イシュタルもしくはイナンナは戦いの女神であるのと同時に、愛の神の化身、性と豊穣の支配者です。

彼女は中世メソポタミヤにおいて、11世紀の最初の都市国家の出現以来崇拝され、母-女神の祖先と見なされています。

またイシュタルは、エジプトにおいてのイシス、ギリシャにおけるアフロディテ、ローマのビーナス、フェニキアのアスタルテ、聖書中のアシュトレテです。
(列王第一11:5,33)

 

 

月の形で描かれ、月の神のシン、太陽の神シャマシュと共に三位一体を構成しています。イシュタルの崇拝者たちは「聖なる処女」と呼んで、苛立つ神々に取り成しをしてくれるよう祈りました。バビロンの母子崇拝は世界の隅々にまで広がりました。赤子を抱いた処女の象徴は、エジプトでまたカトリックと対抗する宗教でもよく現われており、仏教は共通のこの源によって説明がつきます。このバビロンの原型は、後の母女神崇拝の源です。バビロンの宗教の特徴は今日の宗教の中に偏在しており、その源となっていることを明かししています。

このバビロンの原型は、後の母女神崇拝の源です

Isis   E 3637 Vénus de Milo  Ma 399 Astarté   BR 4425 Vierge à l'enfant ML 25

 

 

悪霊ヒュンババ  AO 9034  

リシェリューホール 3 展示6(31) (32) 6

 

よく不快な様相で描かれるこの悪霊は、不吉な影響力に対抗して保護すると見なされていました。それら表象物は、大きな建物造の入り口に置かれました。

バビロンの宗教では、神々の下にシュメールにもアッカドにも存在しない語類「悪霊たち」が存在します。彼らは様々な病気で人間を深く悲しませる力を持っています。人々は悪霊たちに抵抗するための助けを懇願して、至るところで神々に祈りました。ギリシャ語聖書の中で、一般的に悪霊(デモニオン)を意味する語はマタイ8:31に一度見い出せます。
 

それには広い意味があり、良い事にも悪い事にも上からの力の介入に関係します。霊という意味のギリシャ語のプネウマは、マタイ8:16に見られるようにしばしば悪い霊を意味します。

使徒パウロは「霊」つまり占いの悪霊、予言を業として自分の主人たちに多くの利益を得させていた下女の霊を追い出しました。(使徒16:16)

                           

神の律法は明確に、悪霊とのすべての形態の接触を禁じていました。「あなたの中に、占いに頼る者、魔術を行なう者、(…)呪術を行なう者、霊媒に相談する者、また出来事の職業的予告者がいてはいけない。」-申命記18:11仮想的なドラゴンまたはエルフと係わりを持つことに危険はないなどと考えないでください。
 

それは聖書が何と言っているかを考慮に入れていないということです。聖書ははっきりと、超人間的な力の保有者で、邪悪な霊の被造物の観念を教えています。ですからクリスチャンは「この闇の世の支配者たちと、天の場所にある邪悪な霊の勢力に対して」激しい戦いがあります。- エフェソス6:12
 

ハロウィーン、「万聖節の前夜祭」といったすべてのキリスト教化された祝祭は、疑いなく「悪霊たちの支配者」(ルカ11:15)を公然とたたえるものでもあります。それを特徴づける習慣の一部は、ドルイド教の儀式に結び付けられています。サムハインの祭りの夜、11月1日に一番近い満月のときに、ケルトの死者の主を祝う祭りが行なわれました。死者の祭りはこのようにして徐々にキリスト教の儀式の中に取り入れられました。

 

このマリの宮殿の模型は、「アルカイック建築の至宝」86と呼ばれ、西暦前1960年ごろハムラビによって滅ぼされたマリの都市国家の輝かしい文明を証しています。ユダヤ人たちは、バビロンへ流刑に処されたとき、これらの遺跡の前を通ったと思われます。楔形文字が刻まれた15000以上の粘土板が納められたこの遺跡の発見で、アブラハムが生存していた時代をよく知ることができるようになりました。

                           

マリの宮殿の遺跡のミニチュア  SN 
 リシェリューホール 3

 

アンドレ・パロ89は「それら(古文書)を書き記した人々が述べている事柄と、族長たちの時代の旧約聖書が述べている事柄とには、驚くべき類似があることを明らかにしている」と述べています。

幾つかの文書は、ペレグ、セルグ、ナホル、テラ、ハランといった、アブラハムの先祖として創世記の物語に見い出される名に言及しています。
-創世記11:17-26

 
                           

考古学者達は6つの神殿の跡を発見しましたが、その中にはライオンの神殿(その地域の神ダガンの神殿、聖書中のダゴンと同一と見なす)や、イシュタルやシャマシュに奉献された聖地などがあります。マリにおいて、宗教は生活の中心でした。神々に仕えることは人の務めとされていて、重要な事柄に関しては決定を下す前に神々にうかがいました。マリの粘土板は、同じく幾つかの聖句を説明しています。例えば敵国のハレムを手に入れることは、「当時の王であれば当然行なうこと」であったと伝えています。このことは、アヒトフェルがダビデの息子アブサロムに父のそばめたちと関係を持つように進言したことの説明となっています。-サムエル第二16:21,22。聖書時代に一般的だった階上の間や屋上にも注目してください。

                           
 

犠牲の進行係の絵  AO 19825  
 
この壁画はマリの宮殿のものです。この部分は白石こうの地塗りの上に作られた大きな作品に属しており、3つに分かれています。この大きな体つきで王のように豪華な服装で描かれている人物は、飾られた雄牛を連れて行列の先頭を歩いています。それは恐らく、王の叙任のセレモニーに伴われる犠牲を表わしています。聖書の崇拝に関する記述の中で、雄牛は重要な機会に捧げる動物です。(レビ記4:3、13)。それはまた、キリストが差し出された特異な犠牲、きずがなく、人類の罪のためにふさわしい唯一の犠牲を象徴しています。-ヘブライ9:12-14

                           

肝臓占いの模型    AO 19829   リシェリュー ホール3展示  8
 

これらの模型は、マリの宮殿で発見された32組の粘土の肝臓の一部です。思考と感情の最も重要な座と見なされる肝臓は、兆しを占うために観察されました。バビロンで占星術は公式の崇拝の場所を占め、神々のご意思を知るために祭司たちによって用いられた主な二つの方法の一つで、もう一つは犠牲に捧げられた動物の肝臓を調べることにありました。

                           
 

数多くの肝臓の粘土製模型が発見されていますが、最古のものはバビロンのものです。

それらはダニエルの時代のバビロンの宮殿で仕えていた「魔術を行なう祭司たち」に用いられていた吉凶のしるしや、楔形文字の文面を含んでいます。(ダニエル1:20;2:2)

天が模型で表され、その片面は「昼」と「夜」を表す部分に分かれており、縁は16の部分に分かれていて、その各々の部分には天の神々の対応する名前が付されていました。

アッシリアの祭司たちはバルと呼ばれましたが、それは「調べる者」または「見る者」という意味でした。

ネブカドネザルは占いの後に、エルサレムを攻撃することを決意しました。「彼は矢を振った。

肝を調べた。彼の右手に占いはエルサレムと出た。」(エゼキエル21:21,22)カルデア人のこの行為は、確実にエトルリアの預言科学に影響を及ぼしています。

メソポタミヤで出土された幾つかの肝臓の模型は、イタリアで発見されたブロンズ製の肝臓の標本に似ています。エトルリア語で万神殿の神の名が記され、それぞれが区分されています。

   

肝臓占いの模型

   

聖書ではすべての形態の心霊術が禁じられており(申命記18:9-12)、好意的な表現で語られている箇所はどこにもありません。

心霊術を指して用いられているギリシャ語ファルマキア79は、初めは麻薬の使用とオカルトの力を呼ぶこととを伴う魔術の方法を示していました。それで「心霊術の行ない」にかかわらなくても、行いが大いに「肉の業」であれば、クリスチャンの崇拝に反しています。(ガラテア5:19-21)

聖書の巻末の書は、大いなるバビロンがあらゆる国民を「心霊術の行ないによって惑わした」のを思い出させます。-啓示18:23;21:8、脚注

 
                           
                           
<= AO 7682               AO 6033 =>


羊の腸のモデル  AO 6033     リシェリューホール 3  展示15(22)
 

犠牲に捧げられた動物の内臓を調べることは、最もよく用いられた占いのテクニックでした。粘土板は、占いの用の犠牲に捧げられた羊の渦巻きを表しています。鳥や羊の肝臓の解釈による占いの習慣はカルデアから来ています。

                           
 

黄道帯の暦  AO 6448

リシェリューホール 3  展示  15(27)
 

この粘土板は、12巻中の1つに属していて、それぞれの黄道十二宮の兆しの研究です。

裏面には穂を持った女性が描かれており、これはおとめ座です。

左にはカラス座があります。鳥がヒュドラのしっぽの先をついばんでおり、このことは前兆を表しています。一年のひと月に相当する12の枠の分割が見られます。

   

黄道帯の暦

     

占星術は、早くから崇拝や芸術の分野で重要な位置を占めていました。太陽、月そして惑星は、神々の住まいと考えられていました。木星はマルドゥク、金星はイシュタル、土星はニノウルタ、水星はネボ、火星はネルガルと認識されていました。のちにマテマティシと呼ばれた祭司たちは、天体の動きを正しく読み取れば神々のなそうとしていることが分かると考えました。占星術は、その始まりから宗教とかかわりがあります。ダニエルの時代、カルデ(バビロン)において「占星術師」という語が「カルデア人」のほぼ同義語のように広がっていました。
(ダニエル4:7;5:7,11)
 

ダニエルはバビロンの滅びを予測する点で、占星術師たちの無能さを証明しました。イザヤは2世紀も前に、いくらかの皮肉を伴ってこう宣言したのに注目してください。「あなたは占星術者たちに伺いを立てることに疲れ果てた。天を領域に分ける者たち、天体を観察する者たちよ、さあ彼らを起こし、あなたを救いにこさせよ。」-イザヤ47:13,14

 
                  LE SUEUR

西洋の占星術は、バビロニア人の慣行に直接由来します。占星術はクリスチャンのためのものでしょうか?エフェソスの初期クリスチャンたちは、この術に一切かかわりを持つことを望みませんでした。聖書には「魔術を行なっていたかなり大勢の者が自分たちの本を持ち寄って、みんなの前で燃やした」と述べられています。-使徒たちの活動19:19
 

エフェソスでの聖パウロの宣教  LE SUEUR   Inv 8020    シュリー2e ホール 
 

毎年5月1日、パリの金細工の組合は、ノートルダム大聖堂に大きな絵画を寄贈しました。この傑作は最も有名なものです。

                           
 

メリ・シパク2世のクドゥール  Sb 22 
  
リシェリュー ホール 3

 

神々の保護下に置かれた所有者の称号、両面に彫刻が施され、文字を刻み込まれたこれらの石碑は王によって定められた贈与の支柱です。この小石柱には、重ねられた記録に序列化され、まぎれもない象徴的な小宇宙にひとまとめにされ、象徴的な図柄によって表された神々が集合しています。
 

石碑の天体の上は、天空がシン、シャマシュ、金星を表わす星の形をしたイシュタルといった天の神々に依存しているかのようです。神々はそれぞれのシンボルで表わされています。

アヌとエンリルは6列の角冠、エ/エンキはヤギの頭と、魚とヤギの混合動物、それから最後に大地の女神の象徴であるニンフルザクです。

マルドゥクの象徴、すなわち角ととがった鋤のある龍は、昔から農業の神としての役割と関係があり、3番目の段に表わされています。

               

モーセの律法は、境界標もしくは境界をずらすことを禁じていました。(申命記19:14)。ヨブ(24:2)は「境界線を移し換える者」について述べています。神は孤児ややもめに配慮されます。箴言3:10は「昔の境界を移してはならない。父なし子の畑の中に入り込んではならない。彼らを請け戻す方は強いからである」と述べています。

                           
 

メリ・シパク2世の大クドゥール 

Sb 23 (69)

ホール 3

 

手を口の前に持っていった状態でうやうやしい祈りの身ぶりの王は、彼の娘を女神イナンナの前で紹介しています。

空には3つの偉大な天神のシンボル、イシュタルの星、シャマシュの太陽、シンの三日月が描かれています。

本文は、王が娘に土地の贈与を行なったことに言及しています。

             
 

「苦しんでいる義人」  AO 4462 

リシェリューホール 3 展示  15 (7)

悪意のある問題がモノローグの中で提起されます。公正で幸福な偉大な人物が、彼の神に見捨てられます。不幸と病が、神が恩恵を与えられるまで彼に襲いかかります。

文学的なこのテーマ「なぜこのように不幸が帰せられたのか理解できない哀れな人」で作り上げられた4,5つの作品が残っています。聖書のヨブと、同時代の類似点に注目できます。
 

ヨブ記は世界の文学作品の傑作のひとつと見なされています。それは、神に敵対する主要な人物によって全宇宙の前に投げかけられた問題、すなわち神の支配権の正当性に面した、理知ある被造物の忠誠という問題を明らかにしています。(ヨブ1,2章)。

ハッサーターン(サタン、抵抗者)という表現は、ヘブライ語聖書の本文中にここで初めて出てきており、別の仕方で特定すれば「初めからの蛇」で人間の災いの根源です。(ヨブ1:6 脚注;啓示12:9)。イエス・キリストは精力的にこの実体を暴露しました。

                           

エンキ神の粘土板 AO 6020

リシェリューホール 3  展示 15(4)



ルーヴルにあるこの粘土板は、「エンキと世の秩序」の名で知られるシュメールの創造の神話の最後を記しています。人間に近いエンキは、世の秩序立てを取り決め、時間の動きを組織します。また彼が「運命を定める」ために諸国を訪問します。創造と知恵の神としてあがめられ、また水の支配者、豊穣の分配人とも見なされていました。
 

この神と人間の関係性の概念は、聖書のそれとは異なっています。土壌の肥沃は常にヤハウェに帰し(列王第一17:1;使徒14:17)、バアルやカナン人の雷の神のような他の神々ではありません。

加えてシュメール人の解釈の中で、エンリル神は人間が地を耕すために鍬を造ったが、創世記は芸術と技術の領域で、人間に創作の自由を与えています。宇宙の創造に明確に係わる記述は、シュメール神話の中に存在しません。

 

 
   

聖書はライオンをバビロンの象徴として用いています 

   

神殿の番人、ライオンの頭  AO 19807   リシェリューホール 3

通行するライオン  AO 21118   リシェリューホール 6
 

ここに展示されている頭部は、実物大のネコ科の動物の像に属しており、口を開けて座り侵入者に飛び掛る用意ができています。しかし神殿の祭司たちには害を及ぼしません。聖書はライオンをバビロンの象徴として用いています。(ダニエル7:2-4)イスラエルは散らされた羊。ライオンが追い散らすことをした。… バビロンの王ネブカドネザルがその骨をかじった。」-エレミヤ50:17
 

太陽光線で輝くように上薬の塗られたこの装飾は、公式の名前を「横柄な者は通行禁止」という「バビロンの通り」、マルドゥクの行列の道にあったものです。それはライオンが動物象徴であるマルドゥク神殿のイシュタル女神の城門に導く、都市の主要な幹線道路です。新年の祝いのセレモニーの際に、祭司の行列がこの道を通りました。アキツの行列らしい記述がイザヤ46:1でなされています。「ベルは身をかがめた。ネボは体を曲げている。彼らの偶像は野獣のためのもの。」これらの神々は誉れを持って運ばれたのではなく、普通の荷物のように引きずられました。

                           
 

エホヤキン王とバビロンに流刑にされた捕虜のユダヤ人たちは、これらの儀式を目撃することができました。(列王第二24:8-16)成就の200年以上前に、預言者イザヤは神によって請け戻された人々が「街道、神聖の道を通って帰って来ること、清くない者がそこを通って行くことはない…ライオンもそこにはいない。」と預言しました。-イザヤ35:8-10

 
 

通称「エサギラ」の粘土板  AO 6555 

リシェリューホール 6

バビロンのジッグラトは粘土板の最も主要なテーマです。文書は修道士によってもたらされた数学の問題の陳述です。

ハムラビによって、至上の神、バビロンの万神殿の支配者になったマルドゥクを高めることは、バビロンを高めることに相伴っていました。

この世界帝国は、主としてネブカドネザル二世(西暦前410年)以降聖書の一大絵巻に登場しています。世界宇宙の中心、マルドゥクの神殿はエギラ、「高められた神殿」と名付けられました。これは王国で最も聖なる場所です。この神殿の頂は6つの礼拝所と神が横たわる部屋で構成されていました。行列の通りの反対側からは、エテメナンキ93「天地の基なる神殿」と呼ばれた大きなジッグラトが見つかりました。
 

古い文書の複写の一つは、90mの立方体の側面に彫られ、7段のこの塔の大きさを明らかにしています。それは恐らく創世記11章のバベルの塔をモデルに建てられました。

 

                           
 

バビロンにおける新年の祝いの儀式  MNB 1848 

リシェリューホール 6

 

この粘土板は、毎年その初めに行なわれていた、祝祭の最も重要な部分について述べています。バビロンでは、一年は3月の春分の頃に始まりました。

バビロンの暦で最も重要で壮麗な新年の祝いアキトゥーは、2つの一般的な宗教概念から生じています。:「神聖な結婚」の儀式に結びついた豊穣の崇拝と、一年に一度の世の秩序に係わる再生を前提とした宇宙進化論的なコンセプトです。

11日間に及ぶ祭りは、マルドゥクの崇拝を中心に行なわれていました。
 

国々の重要な神々の偶像が誉れをもたらすために運び込まれました。その祝いは占いと、「カオスの悪霊たち」を追い払うための儀式を特徴としていました。祭りの多くの時間は、天地創造の詩の朗誦とドラマで占められました。

8日目が元日とされました。王たちはマルドゥクの金の像の手を取って、即位させられました。

                           

角のある龍の頭  AO 4106  展示されていません
 

このオブジェは、バビロンのマルドゥクの神像安置室の備品のひとつを飾っていました。龍の穴と目は貴重な素材がはめ込まれていました。55の神殿が奉献されたバビロンの主神マルドゥクは、この都市の設立者とみなされました。彼は三つ組を構成する空のアニュ、ウルク神、地と空気の神エンリル、そして地下水の支配者エンキ/エといったシュメールの年長の万神殿の神々の人格を吸収して、至高の神となりました。

これらすべてにかかわらず、バビロニア人は一神教の国民、他の神々の存在を当然認めない唯一の神を全く理解することができませんでした。一神教は、バビロニア人の霊的な理解力を超えていました。神々に関する彼らの概念は、とりわけ征服や戦争の力を誇示するアッシリアの概念とは異なっていました。ヘブライ語表現でメロダクは、エレミヤ50:2(BFC,脚注)で、彼の失脚がバビロンの奪取と同時に起きると予告した部分にただ一度出てきます。バビロンの王メロダク・バラダン(イザヤ39:1)とエビル・メロダク(列王第二25:27)は間違いなくこの神から名を取っています。バビロンの歴史とその衰退は、聖書預言の成就の印象的な例のひとつです。「完全な成就:孤独と廃墟の山」です。聖書の最後の書は同様に、「大いなるバビロン」とその創始者の神の終わりを告げています。

                           
                           

大いなる龍になぞらえられているこの主要な敵対者(黙示録の書12:3,9)は、栄光を受けたイエス・キリストによって無活動の状態に置かれます。「そして彼は、悪魔またサタンである龍、すなわち初めからの蛇を捕らえて、千年の間縛った。」-啓示20:1,2

                           

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Carte 古代メソポタミアアッシリア